うふふな夫婦03
100日間、一家4人でキャンピングカーの旅に出た池田家。
ちがいや弱さを認め合うことで、家族は「家族」になっていく。
一彦さん:広告代理店に勤務。DIYが好きで、その腕前はプロ並み。
美砂子さん:フリーライター。教育や子育てをテーマにした記事を中心に執筆。 
小夏(こなつ)ちゃん:幼稚園の年長さん。好きな色は水色と紫。
助(たすく)くん:1歳になったばかり。生まれてから5ヶ月目で日本一周へ。

育児休業を利用して、100日間、キャンピングカーで日本一周の旅に出た池田家。
目的は、家族で濃密な時間を過ごすこと。

旅を通して見えてきた、家族のかたちについて伺いました。

育児をする場所は、家だけじゃなくていい

旅のきっかけは、6年前に長女・小夏ちゃんが生まれたときに遡ります。

一彦さん そのときは4ヶ月の育休をとりました。当時は社内に育休をとる人は全然いなかったけど、僕は一生に一度しかないとか、この期間しかできないことにすごく弱くて、それをやらずして長い人生のなかで後悔したくないと思うタイプだから、育休もとったほうがいいかな、と思って。

いざ育休がはじまると「意外と余裕があった」のだとか。

一彦さん サーフィンしたりDIYしたり、夏休みだったよね(笑)だからもし次に子どもが生まれたら、旅ができるなと思っていました。

美砂子さんにとっては「夫婦から家族になれた時間」でもあったようです。

美砂子さん 二人で仕事もせずに、ただ「暮らす」っていうことに全力集中できて、その時間を過ごしたことで「家族」になれた気がします。

新しい「家族」っていうかたちのベースを、濃密な時間を過ごすことでつくれたのは本当によかったです。でも、子どもは寝てる時間が多いし、確かに余裕はあった。想像よりも自由だったよね(笑)

そして2018年11月、長男の助くんが誕生。

一彦さん もともと旅に出るなら小夏が小学校に入る直前がいいなとは思っていたけど、本当にそのタイミングで奇跡的に二人目が生まれて、これは行くしかない!と決めました。

キャンピングカーの旅


写真:大塚光紀

最初は「ピースボート」に乗って世界一周しようと考えていましたが、0歳児は乗れないことが発覚。子どもの体力や安全面などいろいろと検討した結果、キャンピングカーで日本一周することに。

一彦さん キャンピングカーは、やってみて素晴らしいと思いました。まず、コストパフォーマンスがいい。家族4人でホテルに泊まると1泊で3〜4万円かかるから、100日だと宿泊費だけで300〜400万円になる。それに交通費や食費も考えると破産するんじゃないかって(笑)

キャンピングカーはたまたま知人の紹介で安く借りることができて、1日1万円くらいでした。宿代と交通費が1日1万円で済むのは、かなり助かりましたね。

さらに、子どもは昼寝をしたり体調が悪くなったりしやすいため、寝る場所がいつでもあるという安心は大きかったそう。そして子どもたちが寝ているときに移動できるのもよかったと言います。

一彦さん あと、新幹線や飛行機のように事前にチケットを取る必要がないので、その日に行き先を決めることができて、自由に移動できるのがよかったですね。


キャンピングカーの中。子どもたちもすぐに慣れたそう。

仕事と暮らしの距離感

かくして2019年6月、「育休キャラバン」という名の旅へ出発。
池田家のある神奈川県から千葉県、茨城県、福島県、宮城県…と北上し、北海道のあとは西日本に向かって南下。

観光地ではなく、各地で暮らす友人のもとや行ってみたいと思っていたところを訪れ、その土地の暮らしを体験しました。(詳しくは美砂子さんのブログをご覧ください)

たとえば北海道の札幌市で「パーマカルチャー研究所」を営む、三栗祐己さん一家のもとを訪れたときのこと。

一彦さん 彼らは森のなかで自給自足の暮らしをしていて、家も自分たちでつくっているんですけど、三栗さんに「昨日、トイレに電気がついたんですよ!」ってすごい嬉しそうに言われて(笑)

驚いたと同時に、彼は仕事と暮らしが一体化しているなと思ったんです。その仕事が家族の喜びとか幸せになるから、すごくシンプルだなって。

一方で僕らの仕事は役割が細分化されすぎていて、いま自分がしたことがどこにつながっていくのか、まして暮らしにどう返ってくるのかなんて全く見えない。暮らしと仕事が近づいていくとシンプルで豊かなんだなって知れたことは、大きな収穫でした。


三栗さん一家が暮らす、通称「エコ村」。

キャンピングカーには車内に水場と冷蔵庫があり、カセットコンロを持って行ったため朝食はだいたい自炊していたそう。夜は道の駅に停めて車で寝たり、キャンプ場を利用したり、友人の家に泊まらせてもらったり、ときにはゲストハウスに泊まったり。旅に出てから一週間ほどで、その生活に慣れたのだとか。

また、狭い車内に暮らしが凝縮されたことで、普段美砂子さんがしている家事が可視化され、一彦さんと小夏ちゃんは掃除や皿洗いなどを自然と手伝うようになりました。

一彦さん たとえばキャンプに行くだけでも、日常の役割って取っ払われますよね。テントを立てたり、火を起こしたり、キャンプをするっていう共通の目的のなかで、自分の役割とか家族のかたちが再形成されるんじゃないかな、と思います。


インタビューの日、小夏ちゃんが焼き菓子をつくって、もてなしてくれました。

親子と言えど、別の人間として尊重する

100日間も旅をしていれば、ハプニングもあったはず。
四六時中、一緒にいたなかで夫婦喧嘩やトラブルはなかったのでしょうか?

美砂子さん 旅をするっていう同じ目的に向かっているから、お互いに向き合いすぎなくて、争うことはなかったですね。夜子どもたちが寝たら、次の日どうするか考えたり、ルートを決めたりしないといけなかったので。

一方で、小夏ちゃんとの関係性には変化があったようです。

美砂子さん 小夏は室内遊びが好きで、旅の途中でも、車の中でおままごとや折り紙をやりたがって、車に一人残ったりしてたんです。でも私は断然外遊び派。「せっかくこんな自然豊かな場所に来てるのに、なんでおままごとなの?そんなのどこでもできるし、一緒に行こうよ!」って小夏に無理強いしちゃったりして。

小夏の個性を認めているつもりでも、「外遊びが好きな子に育ってほしい」っていう親のエゴもあったんでしょうね。旅の前から、自分の中でどこか葛藤がありました。

でも、冷たく聞こえるかもしれませんが、親子と言えど「他人なんだから当たり前なんだな」って、あるとき割り切れたんです。

その象徴が、ランドセルに表れていました。
次の春に小学生になる小夏ちゃんは「紫色のランドセルがほしい」と言っていたそう。

美砂子さん 単純な好みの話なんですけどね。私は「紫は高学年になったら飽きそうだし、キャメルがおしゃれで好きだなぁ」って言っていたけど、小夏はそれで自分の考えを曲げる子じゃないんです。

でも、ある人が「そう言ってくれる小夏ちゃんは『あなたと私はちがう人間なんだよ』って言っているんだよ」と教えてくれて、「あ、そうだな。尊重してあげなきゃな」と思いました。

そもそもちがう人間だから、好みも考え方も全然ちがって当たり前。そう頭でわかっているものの、「こう育ってほしい」という欲が出てきて、自分の好みや考えを押し付けてしまっていたと振り返ります。

美砂子さん 旅でずっと一緒に時間を過ごすなかで「この子と私はちがう。小夏は小夏の育ちたいように育っていくんだな」っていうことがよくわかって腑に落ちました。改めてちがう人間として見ると、そのちがいさえも愛おしく見えてきたというか、ちがいを楽しもうという感覚になって。

時間に余裕のある旅だったので、小夏の好きなおままごとにどっぷり付き合ってみたりして、「あれ、案外楽しいかも」なんて発見もありました。

ランドセルは結局、紫にしました。でも「仕方ないな〜」とか全然思わなくて、「かわいい!小夏センスいいじゃん!」って心から思えたんです(笑)不思議ですよね。旅で時間をかけて関わってきたから、本当の意味でちがう人間として尊重できるようになったのかな。


旅の最後に購入したランドセル。小学校は私立か地元の公立に行くか悩んでいましたが、旅を通してみんなで公立に通うことを決め、ランドセルを買うことに。

お互いの弱さを認め合う

一彦さんも、小夏ちゃんと「認め合えるようになった」と言います。

一彦さん 旅のなかで、小夏が絶対通らないようなわがままを言うことがあって、最初は「なんでこんなこと言うんだろう」と思っていたけど、小夏の立場で考えてみたら許せるようになったんです。

たとえば旅をずっと続けていくことは非日常的なことだし、小夏には実はすごいストレスなのかもしれないな、とか。キャンプ場に行くと小夏はすぐ子どもを探して声をかけていたんですけど、友達がいないことが負担になっていたのかな、とか。

よくよく考えると小夏もしんどい環境にいるし、それをぶつけているのかもって思えたから、わがままも許せるようになりました。

そう考えるようになったのは、北海道・浦河町にある「べてるの家」を訪れたことが大きかったようです。「べてるの家」とは精神障害などを抱えた当事者の活動拠点で、当事者研究や苦労のシェアなど、ユニークな取り組みをしています。

一彦さん 「べてるの家」では当事者の人が案内をしてくれたんですけど、その人が「べてるの家」に来たとき、精神科医の先生に飲んでいた薬を全部ゴミ箱に捨てられて「本当に治しちゃっていいんですか?」って聞かれたらしいんです。

「自分の大切な個性を消すんですか?治すんじゃなくて、うまく付き合うんですよ。『治すより活かす』ですよ」って。そこから薬をなくしていったみたいで。

スタッフに当事者もいるし健常者もいるけど境目がわからなくて、何が普通で何が異常なのかわからない。小夏も「あの人たち病気じゃないと思う」と言っていましたね。

人って誰しも不完全だし、それでいいし、それを治すことよりも認め合えるコミュニティのほうが重要じゃないかと思いました。

旅ではお互いにダメなところをたくさん見せ合う機会になったそう。
一彦さんの場合は忘れ物が多く、コインパーキングに10分くらい駐車して戻ってきたところ、駐車券をなくしてしまい、1万円を支払うことに…。

同じ日、美砂子さんも運転中に車をぶつけてドアが壊れてしまい、小夏ちゃんに「今日はパパもママも失敗したね」と言われたのだとか。

親も弱いところを見せて、そのちがいを認め合って生きていく。
失敗さえも、家族の絆を深める機会になるようです。


旅の途中で偶然手に取り、家族みんなで気に入っているという絵本『みえるとか みえないとか』。前にも後ろにも目がある人たちの世界に降り立った宇宙飛行士のお話で、自分とは異なる多様性について考える内容になっている。

自分たちの家族のありかたを考える機会に

旅を経て、現在、池田家では3つのプロジェクトを企み中。

ひとつは、自宅に家族ごと受け入れる民泊。

美砂子さん いろいろな人たちの暮らしをそのまま体験させてもらって、その多様性を感じたことがすごくよくて、自分たちの暮らしを顧みるきっかけにもなりました。

ですので今度は私たちの普通の暮らしを体験していただけるような民泊ができたらいいなと考えています。家族ごと、家族のなかに入っていくという体験をもっと多くの人ができるといいな。

もう一つは、小夏ちゃんと家の一部を図書館として開放すること。

美砂子さん 旅のなかで読んだ絵本に、家を図書館にする話があって、小夏が「やりたい」って言ったんです。たとえば平日に子どもたちが学校から帰ってきたあととか、家の一部をオープンにする時間をつくって、近所のみんなの居場所になったらいいな、って。

そこに本があれば気軽に入ってこれるし、貸し出したら返すときにまた来てもらえるし。これは館長に就任予定の小夏と一緒に考えてやっていきたいです。

最後は「もっと、家族で冒険しよう」というメッセージを伝えていくこと。

一彦さん 「育休キャラバン」を通して、僕らは「もっと、家族で冒険しよう」というメッセージにたどり着いたんです。有限な家族時間のなかで、家族みんなで同じ方向を見てワクワクしながら冒険する。そんな体験の素晴らしさを多くの人たちと共有していきたいな、と。


2020年1月に開催した「育休キャラバン報告会」には、8家族が参加。旅の報告に加えてそれぞれの家族のあり方を対話し、池田家にとっても気づきの多い時間だったのだとか。

美砂子さん 「冒険」って何も旅だけじゃなくて、短期移住とか、それこそ民泊をやることだって、そう。

家族の数だけ冒険のかたちがあると思うので、まずは冒険的生き方をしている家族のインタビューをお届けするウェブマガジンを始めてみたいなぁ、と。「私たち家族はどんな冒険しよう?」って、ワクワクしながら読んでほしいです。

一彦さん そして冒険のひとつのかたちとして、「育休キャラバン」自体を多くの人に経験してもらえるといいなと思っているので、その機会を増やすために、旅のプロデュースとキャンピングカーレンタルができたらと考えています。キャンピングカーも持ってないですし、まだまだ妄想段階ですけどね。


一彦さんが旅の途中にダンボールでつくった、キャンピングカーと同じ形の車。

100日間という濃密な日々を家族みんなで体験して、池田家は結束力がさらに高まり、パワーアップしたように見えました。

家族とはいえ、みんなちがう人間。そのちがいを受け入れ、だめなところや弱さを認め合い、チームとして歩んでいく。そうやって家族は「家族」になっていくのだと思いました。

(取材日:2019年11月)

最終更新日:2020年2月5日
Share