うふふな夫婦06
不妊治療にコロナ、妊娠生活…
日常が変化しても、変わらない夫婦のありかた。
ヨシさん
1977年神奈川県生まれ。アパレルのバイヤーをし、1年の半分以上は海外出張の日々。お休みの日は専らサーフィン三昧。
寺島 由里佳さん
1981年東京生まれ。フリーランスのフォトグラファー。企業広告、雑誌媒体で活動中。動物が大好きで、全国の動物園巡りが好き。 http://yuricamera.net/

「不妊治療」という言葉を、よく耳にするようになりました。
日本では1983年に初めて体外受精による赤ちゃんが生まれ、それから約40年。現在では夫婦のうち約6組に1組が不妊治療をしていると言われています。

そして一年間に生まれた赤ちゃんのうち、約16人に1人が体外受精によって誕生したとされています。私の印象としては、意外と多い。おそらく、この数は増えていくのだろうと思います。

でも、具体的に不妊治療ってどんなことをするのだろう?
どんな思いで向き合っているのだろう?

そこで今回は、実際に不妊治療をしていたヨシさん・寺島由里佳さん夫妻に、はじめたきっかけや、やってみて見えてきたことなどを聞いてみました。

最短コースでの不妊治療に挑戦

結婚当時、ヨシさんは38歳、由里佳さんは34歳。
最初は二人で過ごそうと、特に子どもについて考えていませんでしたが、「37歳になってから急にギアチェンジした感じはあった」と由里佳さん。

由里佳さん 仕事で動物の写真を撮影する機会が多く、写真を通して生と死とか、家族とかに触れていると、本能的には素敵だと思っているけど、同時に仕事もしたいという葛藤がありました。自由にやりたいことをしたい、という思いもどうしてもあって…。

でも37歳になったときに、妊娠に対して「本腰を入れなきゃ」という気持ちになって。やるだけやってみよう!と思ったのですが、全然ヨシちゃんが日本にいないんだよね(笑)

ヨシさんはアメリカやヨーロッパに洋服の買付けをする仕事をしているため、数週間ほど海外へ行き、帰国したらまたすぐ海外へ…という生活。

夫婦で一緒にいる時間は年の半分と、自然妊娠するにはタイミング的にも年齢的にも難しいと判断し、二人は不妊治療をすることを決めます。


同じく不妊治療について伺った東野夫婦のインタビューでは、由里佳さん(左)に撮影をしていただきました。

一般的に、不妊治療には①排卵日の前後に性交のタイミングを合わせる「タイミング法」、②採取した精液から精子を取り出して、子宮内に直接注入する「人工授精」、③卵子と精子を培養液のなかで培養して受精させ、受精卵を子宮に戻す「体外受精」、④培養液中で受精しなかった場合、精子を卵子に直接注入する「顕微(けんび)授精」というステップがあります。

①から試していき、一定の期間が経っても妊娠しなかったら②、③、④と方法を変えていく人が多いですが、二人はいきなり③の体外受精をすることに。クリニックの先生も「いきなり体外受精ですか」と、ちょっと戸惑っていたとか。それでも決断した思いとは?

由里佳さん 資料を見たときに、年齢にもよるけど、人工授精で妊娠する確率は1割くらいと書いてあって。年齢が上がるごとに、その確率もどんどん下がっていく。時間とお金を考えると、一気に体外受精をやってしまったほうがいいのかなって思ったんです。

人によってはステップアップすることに悩む人もいるなかで、由里佳さんたちは最短コースでの治療を優先したと言います。

ヨシさん 自分も効率的に進めたほうがいいと思っていたので、二人が同じ考えだったからスムーズだったのかもしれないですね。

由里佳さん 確かに、どちらかが「より自然に妊娠したい」と思っていたら、スムーズじゃなかったかもしれないね。二人とも妊娠するには高齢だと自覚していたのも大きかったかな。

結果がだめだったとしても、二人でも楽しい人生になるだろうと思っていたので、とりあえず1回やってみて、だめだったらまた考えよう、という話はしていました。

途中、由里佳さんに子宮内膜炎とポリープが見つかり、軽度とはいえ、検査で子宮内膜の組織を削る作業(子宮鏡検査)はなかなか痛かったそう…。

そんな治療を乗り越え、いよいよ体外受精へ。
先ほど説明した通り、体外受精では卵子が入っている培養液に精子を加えて受精するのを待ちます。受精しなかった場合は、顕微受精といって、顕微鏡で確認しながら人の手で直接、卵子に精子を注入します。(なんという高度な技術…!)

二人は、結果的に顕微受精をすることに。

ヨシさん 体外受精で大丈夫だと思っていたけど、人の手を借りないと受精しなかったんだってわかって、いろいろ悩んだけどタイミング法と人工授精を試さなくてよかったって思いましたね。これはやってみないとわからなかったですけど…。

その後、受精卵は子宮に移植され、無事に妊娠を確認!
通常、体外受精は3〜4回目で妊娠する人が多いと言われているなか、「あまり時間をかけたくない」という二人の思いが実を結んだようです。

クリニックに通いはじめてから、半年後のことでした。


オンラインでのインタビュー中、由里佳さんの頭の上にペットの文鳥さんが登場!

不妊治療のイメージを払拭したい

妊娠がわかっても、由里佳さんの不安は続いたと言います。
というのも、体外受精をしたあと流産してしまう確率は約20%。自然妊娠でも15%ほどとされています。

由里佳さん 毎週のようにクリニックに行って、ちゃんと赤ちゃんが育っているか確認するのが不安でした。毎回、オーディションを受けているみたいな感じで。

その頃、夜は毎日誰かが死ぬアクション映画のような夢を見て、朝起きたらぐったりでしたね。日中は普通なんだけど、潜在意識なのか不安が根を張っていて、それが夢に出てきたんだと思います。

最初の数ヶ月はなかなか朝方まで寝つけず、眠ることが大変だったそう。

由里佳さん 赤ちゃんの心拍を確認できたのが妊娠5週目だったのですが、その後も流産の確率が減る「○週目の壁」というのがその都度あって、一つずつクリアするごとに落ち着いていきました。

安定期と呼ばれる妊娠4ヶ月目になり、やっと精神的にも落ち着いたようです。

一方のヨシさんは、クリニックに行くことに前向きだったと振り返ります。

ヨシさん 診察はほぼ全部一緒に行っていたのですが、知らなかったことを知れて、知識が深まっていくことや、学びが得られることは楽しかったですね。

由里佳さん ポジティブだよね。私もそんなにネガティブじゃないけど、不妊治療に対して淡々と対応できたのは、隣で楽しんでいる人がいたからかもしれないです。


文鳥を愛でるヨシさん。(由里佳さん撮影)

それでも、ときには落ち込んだことも。

由里佳さん ある人に不妊治療していることを伝えたときに「(体外受精が)1回でうまくいくといいんですけどね」って言ったら、「1回でうまくいくわけないよ」と言われて…。グサッときましたね。

別の人には「不妊治療」という言葉がネガティブに捉えられて、「かわいそう」って言われたこともありました。不妊治療する人ってかわいそうなのかな?って、その感覚がちょっと分からなくて、どう答えていいか悩んでしまいました。

ヨシさん 僕は周囲に不妊治療している人が何人もいたので、特にどうってなかったですけどね。家族も肯定的でしたし。でも、まだ世間ではそこまで理解が広まっていないのかな。

ちょっとした言葉にもつい反応してしまう…。そんな日々のなか、由里佳さんはnoteで「ぶっちゃけ妊活日記」という連載をはじめます。

この連載では、不妊治療をはじめることにした経緯や、不妊治療の知識、流れなどをユーモアたっぷりに紹介しています。

由里佳さん この企画は自分の現状をポジティブに変換して伝えられたらいいかな、と思ってはじめました。毎回よしちゃんにも読んでもらっているのですが、自分が考えていることを文章にすることで、二人の意思疎通がより強固になった気がします。

また、クリニックへの敷居を低くし、読んだ人が自分の身体のことを知る機会を早めに持ってもらえたら、という思いもありました。

由里佳さん せめて早めに検査するだけでも、選択肢はぐっと広がるのかなと思います。また、不妊の原因は男性側の場合もありますし、パートナーと一緒に検査に行くことも大事だと思っています。

コロナ禍での妊娠生活

由里佳さんの妊娠が分かった今年3月、世間ではすでに新型コロナウィルスが蔓延していました。
そんななかでの妊娠生活は、不安が増しそうですが…。

由里佳さん ヨシちゃんはコロナの前も後も、何ひとつ精神状態が変わらなかったんです。「なんでそんなにストレスを感じずに生きているの?」って聞いたら、「適切に対処していくだけだ」ってさらっと言われて。そういう人が隣にいたのは心強かったですね。

ヨシさん 自分にできることは限られているので、置かれた状況で淡々とこなしていくしかないなって思いました。仕事も海外には行けなくなったけど、会社には毎日行っていたので、生活があんまり変わらなかったのも大きかったかな。

もちろん、不安は皆無ではありませんが、「肩の力を抜いて、自分自身をご機嫌にしておくことが大事」だと気づいてからは、より楽になったと言います。

コロナの影響で、ヨシさんは「こんなにずっと日本にいるのは20年ぶりかも」とのこと。
結婚してから初めて夫婦で一緒に長く過ごせるようになり、夫婦関係の変化はなかったのでしょうか?

由里佳さん それが全然変わらないんです。最初に会ったときから感覚がわりと似ていると感じていて、二人の根っこの部分がだいぶ重なり合っているなと思っています。

これまで付き合った人は、一緒にいるうちに変わっていくのが嫌で、たとえポジティブに変化するにしても反れていく感じがあって。だからヨシちゃんと付き合いはじめた頃に「変わらないでほしい」って言ったら、「変わらないよ、ずっとこのままだよ」と言われたんです。

それは月日が経たないと答え合わせはできないけど、出会って5年くらい経ったいま思うのは、本当に変わらないね(笑)

ヨシさん 20代だったら「もっとかっこよく見せなきゃ」って思ってたかもしれないけど(笑)、出会ったときは30代半ばだったし、最初から自然体でいましたね。

お互い思っているほどちゃんと言葉にしていないんだけど、ずっと阿吽の呼吸で来ている感じがあるね。

「この先もずっと変わらなさそうな感じがする」と由里佳さんは続けます。

由里佳さん 不妊治療とかコロナといった非日常を二人で過ごしたなかで、何も変わらなかったというのが自信になったというか。夫婦で生きていくうえで大事なことを再発見しました。

非日常の事態になっても気持ちや関係性が変わらなかったことで、より二人の絆を強く、そして安定させたのだと思いました。

仕事か、子育てか…?


各地の動物園を撮影した、由里佳さんの写真集「きょうも、どうぶつえん」。

今年12月に出産を控えている由里佳さん。
もともと「子どももほしいけど働きたい」という葛藤があったなかで、産後はどんなふうに考えているのでしょうか。

由里佳さん カメラマンの仕事は続ける予定ですが、めぐり合わせによって、内容が変わっていくかもしれません。ひとまずは子ども中心になりつつも、また新しく楽しいことを見つけて、それが自然と仕事に変わっていくのかなと思っています。

いままでもそうだったように、興味関心があることを積極的に見出していけたらと考えていて。たとえば子どもの動画をつくったり、個人でYouTubeを制作・配信したり、また動物園めぐりをはじめたり…など、子どもと一緒にできることを増やしていけたらいいなと考えているところです。

仕事を続けたいけれど子どももほしい…と悩む女性は多いと思います。
一方で、妊娠しやすい年齢のタイムリミットもあり、子どもを望んでいる場合は、いつかは向き合わないといけないときが来ます。

その「いつか」は状況によって人それぞれなので、私からは「早めに検査に行きましょう」と声高には言えませんが、この記事が「いつか」の備えにつながったらうれしいです。

(取材日:2020年6月)

最終更新日:2020年8月29日
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