家族ではない他人と暮らす「シェアハウス」が一般的になり、夫婦でシェアハウスに暮らす人たちも増えてきました。私の感覚では、独身時代にシェアハウス生活を経験していた人が結婚後もそのまま継続してシェアハウスで暮らす、というケースが多い気がしています。また、子育てをしている夫婦の場合、「実家が遠いので近くに頼れる友達がいると助かる」という声もよく耳にします。
「拡張家族」という新しい家族のかたちを実験している「Cift」を訪れたことがありますが、そのときは大人と子どもが接している様子を見なかったので「実際はどんな感じなんだろうな〜」と、シェアハウスで子育てをする日常があまりイメージできませんでした。
そこで今回は、シェアハウスで暮らしながら子どもを育てている、松尾力さん・真奈さんにお話を伺いました。
ふたりは東京・文京区にあるマンションで、長男の玄くんと、3人の住人と暮らしています。(2019年6月時点。7月からは住人が代わり、現在は全部で大人4人+子ども1人に。)
もともとはふたりで住んでいたそうですが、どのような経緯でシェアハウス生活がはじまったのでしょうか。
夫婦の役割分担は、得意なことを
遡ること、10年前。京都大学に通っていたふたりは、偶然同じタイミングでイギリスに留学することになり、その縁で友人に紹介してもらったのだそう。
イギリスでは別の大学に留学し、週末ごとに電車で1時間ほどかけて行き来していたそうです。当時について振り返ってみると、いまの夫婦関係が垣間見えてきました。
力さん 留学中、真奈は全然料理しなくて、放っておくとパンしか食べなくて(笑)さすがに心配で、毎週カレーとかつくってあげていましたね。
僕はその頃から料理するようになりました。イギリスは外食すると高いしそんなにおいしくもなかったし、寮の友達に郷土料理を教えてもらったりして、キッチンを介してコミュニケーションをとっていました。
真奈さん 最初は料理のレベルは私と同じだったのにね。私はスーパーで売っているパンで十分だったから(笑)そのときから料理は力ちゃんに任せていました。
いまも料理は力さんの担当。代わりに、真奈さんは掃除が好きなのだとか。
そういった関係性から、ふたりの間には「女性が料理をするべき」といった固定観念はなく、得意なことをやる、好きなことをやる、といった柔軟性が見えてきます。
この日も力さんが料理を振る舞ってくれました。
夫婦シェアハウスのはじまり
大学卒業後は、力さんは経済産業省へ、真奈さんは農林水産省へ入省。そして付き合って5年目の2014年4月に結婚。最初はふたりで暮らし、自宅で「おうちバル」という食事会をはじめます。
力さん 水産庁の魚に詳しい人に築地市場を案内してもらって、食材を買ったりしていましたね。友達を呼んで、料理をふるまって、食べて飲んで喋って…。通算50回くらい開いたかな。
真奈さん その「おうちバル」で、松島宏佑さん・さおりさん夫妻に会って、意気投合しました。ふたりの結婚式の余興でやるダンスを、やったことないけど教えることになって、打ち合わせをするうちに仲良くなって。
あるとき「夫婦だけどシェアハウスしたいと思っている」って話したら「いいね」って話が進んで、一緒に住むことになったんです。
「おうちバル」で意気投合した松島夫妻(右)と。
さっそく家を探すも、シェアハウスが可能で、かつ4人が気に入る物件を見つけるのは、なかなか時間がかかったのだそう。最初は一軒家を検討していましたが、途中で真奈さんの妊娠がわかり、階段のないワンフロアにすることに。
そして決まったのが、現在の文京区にあるマンション。間取りは3LDKで、広いリビングルームには窓が多く、開放的に感じます。キッチンやお風呂、トイレはひとつなので共有。食事は基本は世帯ごとに食べ、冷蔵庫もわけていますが、時間が合えばおかずを交換したり一緒に食べるそう。
3部屋ある個室は世帯ごとに使用し、あまった1部屋にはカウチサーフィンで来た外国人や友達が泊まったり、真冬にエアコンが壊れてしまったと避難してきた友達が1ヶ月ほど住んだりと、いろいろな人が過ごしてきました。
2018年からは藤巻慎さん(通称まきおさん)がジョイン。またその後、松島夫妻にも子どもが生まれ、「葉山で育てたい」と神奈川県葉山町に引っ越し、代わりにほかのカップルが入居。そのカップルも今年7月から長野県に引っ越すことになり、別の女性が住む予定とのこと。日々、たくさんの人たちが遊びに来ることもあり、入居者を募るとすぐに決まるようです。
真奈さん 一応、入居する人にはお試し住みをしてもらっています。単発で遊びに来るのと寝泊まりするのとはちがうし、平日と週末の両方を体験してもらってからお互いによさそうか決めます。
あと、玄ちゃんとの相性もあるかな。子どもとどう接していいかわからへんていう人もいると思うし。今のところ、住人のみんなは玄ちゃんと仲良くて、よかったです。
もうすぐ3歳になる玄くん。
大人4人+子ども1人の共同生活
子どものいるシェアハウス生活とは、どんな日常なのでしょうか。
力さん 真奈の誕生日にふたりで外食しに行ったのですが、その間は住人に玄ちゃんを見てもらいました。ごはんを食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけまでやってもらって、とても助かりましたね。そこまでしてくれなくても、玄ちゃんをちょっと見てくれるだけでも、一緒にいてくれるだけでも助かります。
朝起きたら、リビングでまきおさんと玄くんが遊んでいた…ということも、しばしば。
真奈さん 玄ちゃんが0歳のときは、みんなが関われる余地があまりなかったから、シェアハウスに住んでいるけど子育てはシェアしていない気持ちがあって。でも自分で歩けるようになって、ひとりで遊べるようになってからは、みんなも関わりやすくなったのかな。
住人のまきおさんは玄くんと遊ぶのもあやすのも上手!
住人たちのおかげもあって、玄くんは伸び伸びと成長中。たくさんの人たちと接しているせいか、あまり人見知りせず、堂々としていました。
真奈さん もし家族3人だけで暮らしていたら、子どもに当たっていただろうな、と思うときもあります。たとえば仕事から帰ってきたときに、余裕があったらそれなりに玄ちゃんに対応できると思うんだけど、余裕ないときもあって…。でもほかの住人が玄ちゃんに笑顔で接しているのを見ると、「子どもが悪いんじゃなくて、自分に余裕がないからなんや」って気付かされます。
ちょうどこの原稿を書いているときに、長野へ引っ越しする住人に対して、真奈さんがSNSでこんな投稿をしていました。
お別れパーティをして、まきおさんが用意してくれた写真スライドを流しながら、福山雅治の「家族になろうよ」を熱唱したわけですが、「家族になろうよ」じゃなくて、これは家族だな、と思いました。
同じ家に暮らしていて、朝おはよう〜と言ったり、一緒にごはんを食べたり、夜遅くまで話し込んだり、旅行に行ったり、笑ったり泣いたり。
血はつながっていなくても、こんなに大切に思える人ができたことが何よりの財産だと感じています。2人に何かあったときは、必ず力になりたいと思うし、これからの2人の人生が楽しみです。
住人のお別れパーティにて。
この家には長く滞在する人もいれば、一日だけ訪れる人もいて、それぞれのタイミングでそれぞれの人生が交差しながらも、いつでも安心して帰ってこられる“止まり木”のような場所に感じました。
子どもがいても、自分のやりたいことを
真奈さんは農林水産省で働く傍ら、食や農林水産業をテーマにした学びと対話の場「霞ヶ関ばたけ」を開催しています。誰でも参加することのできる勉強会で、隔週水曜日の朝7時半から9時までと早朝にもかかわらず、毎回すぐに満員になるほどの人気ぶり。すでに150回以上も開かれています。
普段の仕事だけでも忙しそうですが、自分のやりたいことに向かってどんどん行動している真奈さん。そのきっかけは、育児休業中の体験が大きかったようです。
真奈さん 育休中に家族3人でイタリアに旅行したことが転機でした。そのとき玄ちゃんはまだ生後3ヶ月で、そんな小さい子どもを海外に連れて行くなんてご法度だと言われそうだけど、それまでの2ヶ月見ているなかで、連れて行けそうだなと思って。赤ちゃんって、寝ているか、おっぱい飲んでるかやし(笑)実際、イタリアでは何の問題もなくて、どこでも行ける!って自信になりましたね。
玄くんが6ヶ月ほどになった頃には、大学院のサマースクールに通うことを決意。
真奈さん 3週間の講座で、社会人だとそんなに休めないから諦めていたけど、いま行けるやん!って。そう思ったらエンジン全開になるタイプで、その間のベビーシッターを探したり、上司に推薦状を書いてもらったりして、行けたの。すごい楽しかった。満員電車に乗ることすら楽しかった。赤ちゃんがいたら乗れないし、それまで親と子が行ける場所しか行けなかったから。
授業も学んで議論するとか、羽が生えたように楽しくて。そうやってちょっとずつやりたいことに挑戦していったら、これもできる、あれもできるって思うようになりました。
自分の「こうなってほしい」を子どもに向けるんじゃなくて、自分の「やりたい」をやっている母親になりたいと思っていて。だから子どもにも、自分のやりたいことをやらせるっていう関係性でいたい。そしたら遠慮なく自分もやりたいことに向かっていけるだろうし。シェアハウスとか夫の理解もあるから、できているところもあると思います。
定期的に、将来について話す時間をつくる
一方で、やりたいことをやりすぎて「母親として大丈夫かな」と思うときもあるそう。
真奈さん でも、このまえ保育園の個人面談で、先生に「玄ちゃんがすごい愛情を受けているのわかりますよ」って言われて。自信なかったけど、シェアハウスのおかげなのか、よかったなって思いました。夫としては不満があるかもしれないけど…。
力さん 不満はないけど…。
真奈さん 「けど」?
力さん いや、ないよ(笑)ただ、保育園に預ける時間が長いから、たまにいいのかな?って思うこともある。
真奈さん 力ちゃんはあんまり預ける時間を延長したくないから、できるだけ定時で上がって迎えに行ってくれるよね。
保育園の送り迎えは曜日ごとに担当分けしているそう。このルールづくりが「意外と大事」だと言います。
力さん 最初はルールなんていらないと思って「迎えに行けるほうが行く」ってしていたけど、「そっちが行ってよ」「行くと思ってた」とか喧嘩のもとになって(笑)いまは曜日ごとに決めています。
この日はみんなで保育園のお迎えに行きました。
そういった日々の確認だけでなく、今後について話したり共有したりする時間を「クオーターセッション」として設けていたふたり。
力さん クオーターセッションは3ヶ月に一度、都内のホテルに泊まりに行って、今回話したいこととその優先順位を決めて、ひとりずつ話しています。内容はその時々だけど、仕事とか将来どうしたいかとか、ずっと東京にいるのか、いつか関西に帰るのか、普段なかなか話せないことを時間をとって話します。
真奈さん ホテルに泊まるのはシェアハウスに住んでいるからではなくて、ふたりだけで住んでいたときからやっていて、話をすることに集中できるし、場所を変えることに価値を感じています。
合宿のようなもので、日常とは離れた場所だからこそ、将来のことや大事に思っていることなど、心の奥深くにアクセスできるのでしょう。
クオーターセッションは玄くんも連れて行くので、玄くんが眠った隙に話をはじめるのだそう。ところが…。
真奈さん 前は玄ちゃんにとってホテルはテーマパークみたいだったから、部屋にいても十分遊べていたけど、最近は持て余している感じで。それなら家にいたほうが楽かもと思って、泊りがけでのクオーターセッションはやめました。代わりに、毎週土曜日に「ウィークリーセッション」をしています。
力さん 3ヶ月ごとだと状況とか考えが変わりすぎていて、前回を振り返ってみると「こんなこと言ってたんだな」って思うこともあるから、もっと定期的に話そう、と。
ただウィークリーセッションはその都度話せるのはいいけど、将来のこととか大きい話は時間が足りなくて、タスクの確認くらいしかできない。だからもっと自然のある場所とか、玄ちゃんに合わせた宿泊の仕方を探しているところです。
ルールはつくるけれど、それに縛られず、状況に応じて柔軟に変えていく。玄くんの成長に合わせて、泊りがけのクオーターセッションを自宅でのウィークリーセッションに変えたり、ほかの場所でのセッションを検討したり。その変化すら楽しんでいるようでした。
次の宿泊先は、キャンプ場を考えているとか。
都心よりも、自然の多い地域のほうが合うというふたり。
真奈さん 農村とかに行ったとき、もっと宿があればいいなと思っていて。そこにあるものと食べ物で調理して、日常やけど非日常を体験できるような、キッチンのあるアパートメントとか、そういう場所があればいいのになって。基本のスペックがあれば、それだけで地方の体験は豊かになる。特に明確な計画はしてないけど、いつか夫婦でそんな宿をつくれたらいいなと考えています。
「おうちバル」の延長線上に、宿の構想が生まれたのかもしれません。みんなでおいしいものを食べて、飲んで、喋る。シンプルだけど幸せなひとときを、家族だけでなくいろんな人たちと共有したい。ふたりの暮らしは、そんな思いを体現しているように見えました。
(取材日:2019年6月)